No.0008

It “was” a SONY…ソニーのバリュエーションは適正か?

ソニーのバリュエーションへのアプローチ

過去10年度のうち5年度が赤字、過去5年度に限って言えば黒字はたった1年。しかも2015/3期も会社予想は赤字…。これが現在のソニーの姿だ。
この会社の時価総額が1兆7374億円もある(6月9日現在)。
この相応に高い時価総額を正当化する方法は、筆者は3つしかないと考えている。
第一はPBRを使う方法。株価は6月9日現在1658円で、今年3月末BPS2163円に対しPBRは0.77倍にとどまる。確かに、日本企業のPBRは最低でも1倍あっても良いという理屈は、よく耳にする。しかし、そもそものバリュエーション一般の観点から見て、この考え方には全く説得力がないと筆者は考えている。これも一般論になるが、製造装置をバランスシート内に多く保有する製造業の解体価値は、簿価を下回ることが恒常的であることからみても、製造業とPBRはそぐわない気がする。また、1兆円前後の当期利益を叩き出しているMUFGやSMFGのPBRが1倍を切っていることや、日経225採用銘柄にもPBR1倍割れ企業が少なからず散見されることから見ても、これだけ赤字続きの会社の適正株価をPBR1倍と見るのは、やや楽観的といわざるを得ない。
第二は、EV/EBITDA倍率を用いたサム・オブ・ザ・パーツ(Sum-of-the-Parts)分析に基づく方法である。要は、ゲーム、映画、音楽…というようなソニーのセグメント事業毎に、EBITDA(税引前・支払利息前・償却前利益)を算出し、セグメント毎のEBITDAに対し適正と考える倍率(同業他社の数値を参考に用いることが多い)を乗じて各セグメントの事業価値(EV)を算出し、その事業価値の総合計を適正企業価値と考える方法である。筆者は、このEBITDA倍率(EBIT倍率で求めることもある)による企業価値算定は、穴だらけであると思っている。この方法は、不動産評価における取引事例比較法に似ている。これは、周辺の取引事例を参考に対象不動産の時価を算定する方法であるが、そもそも周辺の取引事例が正しいかどうかを無視しているという決定的な欠陥がある。それと似た欠陥が、EBITDA倍率には内在していると筆者は考えている。したがって、筆者は、15年以上にわたるアナリスト・ファンドマネジャー経験の中で、EV/EBITDA倍率を用いて投資判断を行ったことは、一度もない。
第三は、子会社のソニーフィナンシャルホールディングスの評価(株価)が不当に安すぎるというアプローチ。しかし、ここでは、このアプローチには深入りしないことにする。なぜなら、仮にこれが正しいなら、ソニーを買うよりソニーフィナンシャルHDの株を買ったほうが合理的だからである。

株価から逆算される期待営業利益2000億円(金融除く)を恒常的に期待できるのか?

ここで、ソニーの時価総額1兆7374億円から、ソニーが保有するソニーフィナンシャルHDの持分価値である4700億円(ソニーフィナンシャルHDの時価総額7834億円 × ソニーの持分60%)を差し引くと1兆2674億円となるが、これは、ソニーの、金融事業を除いた製造業としての時価総額となる。そして、仮にシンプルにPER10倍を適正と考えると、金融事業以外の当期利益が1267億円(1兆2674億円 ÷ PER10倍)以上出ないと、現在の株価を正当化できないことになる。大雑把に言えば、金融事業を除いた税引前利益2000億円(営業利益2000億円と置き換えても大差はない)の水準である。
つまり、今のソニーの株価が適正であるとするには、PER10倍を適正とする観点からは、今後安定的に、金融事業以外で2000億円以上の利益を出していかないといけないことになる。しかし、これは、かなり容易ではなかろう。仮に、金融事業以外で1000億円程度の営業利益(700億円前後の当期利益)しか出せないとしたら、ソニーの適正時価総額は、「700億円 × PER10倍 + ソニーフィナンシャルHDの持分4700億円 = 1兆1700億円」となり、一株当たり1100円前後となる。
もちろん、PER10倍が低すぎるというのは、傾聴に値する反論だ。しかし、グローバルに見て企業の価値がPER10倍前後に収斂していることや、PER10倍が、「資本コスト10%、成長率0%」と見た場合の理論値であることを考えれば、あながちおかしくない。なお、よく、日本のアナリストが、日本企業の資本コストを5~6%に設定して企業価値を算定している例があるが、これは証券アナリスト試験に出て来るCAPM理論の教科書的計算方法から脱却しきれていない未熟な考えだと思う。日本株を買っているのが日本人だけではなく、外国人投資家も含まれることを考慮したら、資本コストの計算に際して、日本の金利だけ見ていたら片手落ちであることは容易に推測できるであろう。
いずれにせよ、筆者が申し上げたいのは、ソニーは昔のソニーではないということだ。これまでにソニーが築いてきたブランド価値には敬意を表するべきであるが、皆さんは、一度自分の身の回りを見渡してみるといいと思う。その上で、10~20年前との比較で、自分にとってのソニー商品の保有が増えているか減っているかをチェックすれば、バイアスを排除したブランド価値が浮き彫りとなるであろう。

大木昌光