内定を「断る」のが大変だったバブル絶頂期
80年代後半のバブル期は、色々な意味で日本中が常軌を逸していた。例えば、その当時、新入社員だった筆者は、夜遅くまで飲んだ後、先輩にタクシー呼びつけ係を命じられたが、これが洒落にならないくらい大変だった。証券業界は絶好調で、私が銀行に就職して初めて頂いたボーナスが、4大証券会社の「一般職」のボーナスより下だったとのことで、愕然とした。広尾ガーデンヒルズの中古価格が坪3000万円と言われたのもこの頃だ。
ところで、7月8日の日本経済新聞3面で、人手不足を背景にして企業が内定者引き留めに躍起になっている、との記事が掲載されていた。8社の内定を取り、7社を辞退するツワモノさえいるとのこと。それとの比較で見ても、筆者が就職活動を行った88年は、バブル絶頂期で、現在を上回る売り手市場であったと思われる。90年代中ごろからリーマンショック後までの就職氷河期の辛酸をなめてこられた方には大変恐縮だが、この時はえり好みをしなければ、何社でも内定を取ることができた。逆に言えば、興味本位で訪問した会社から、あっという間に不意打ちで内定が出されることもあり、それを断るのが大変だった。電話で断りを入れても、大概のケースでは簡単に納得してもらえず、ノイローゼになりそうだった。88年は、就職協定が守られた年で、大手企業の多くは8月20日まで内定を出さなかったこともあり、筆者も8月20日前に(いくつかの内定を断った上でも)4社の内定を得ていたが、結局はその4社以外の会社に就職してしまった。その当時の筆者の実力は、はっきり言ってゴミみたいなものであり、それを考えると、何と偉そうなことをしていたものか、と申し訳なく思わずにはいられない。
楽そうに見える薬剤師の仕事
それを思うにつけ、むしろ現在の若者の方が、ITに精通するなど、私が就職活動を行っていた当時の若者より、使い勝手が高いのではないかと感じる。若者のITリテラシーの高さを考慮すると、現在の若者は、20年位前の若者と比較しても、(特定の仕事領域に限られるとしても)即戦力の度合いは高いのではないかと思ってしまう。
そのような中で、最近強く違和感を抱くのが、薬剤師の仕事ぶりである。筆者は、風邪など引いて体調が悪くなると、急激に仕事の効率が悪くなるので、風邪の初期症状を実感するとすぐに病院に行くようにしている。したがって、数ヶ月に1回は病院に行き、その際に必ず処方箋を受け取って薬局に薬をもらいにいく。その際に、思うのは、「医者の仕事は、たとえ年収が高くても大変そうだな」という医者への敬意と、「薬剤師の仕事は楽そうだな」というある意味での薬剤師への羨望である。薬剤師は、単に医者から処方箋をもらって、薬を処方するだけ。専門的だなと思うのは、薬の説明と、薬の飲み合わせの確認くらい(ただし、これは、システム化可能なので個人の力量がどれほど必要なのか?)。もちろん、一言で述べることができる仕事でも、多くのスキルや工夫が加わっている場合も多々あり、筆者はそうした仕事の多くに敬意を抱いている。しかし、薬剤師にそうした気持ちを抱いたことは、最近は一度もない。そう思う理由の一つは、どこの調剤薬局を見回しても、暇そうな人ばかりだからだ。薬剤師という国家資格に甘えているのでは、と思わざるをえない。暇だからだろうが、「お薬手帳を持っていますか?」とか必ず聞かれ、当然持っていないのだが、「次回からはお持ち下さい」とか気分を逆なでするようなことまで言う。よほどの重篤な症状に悩まされている人以外は、かばんにお薬手帳など入れているわけがないではないか。しかも、病院は夕方6時くらいまでしかやっていないのだから、社会人が薬局に行くのは仕事帰りになり、お薬手帳など、持ち合わせているわけがない。また、薬の説明書に書いてあることをくどくど説明された上に、お釣りを間違われたことさえある。これなどは、接客業としては本末転倒であると思われる。だからといって、どこの調剤薬局に行っても、同じ薬剤が処方される限り価格は変わらないのだから、よりよい薬局を探す気にもならない。かくして、病院から一番近い薬局に行って、少なからずの不快な気持ちを代償に、家や職場までの最短ルートを得るというわずかなリターンを得るほかはないということになる。
そんな中、先日ある調剤関連の会社の役員と話す機会があり、思い切って聞いてみた。
「なぜ、薬剤師って、あんな暇そうにしているのですか?それに、大したことをしてなさそうなのに、なぜ給料が高いのですか?」
それについて、非常に納得のいく答えが返ってきた。要は、薬剤師へのニーズが高いため、その獲得のために調剤薬局などの会社は、薬剤師のための待遇競争をしているとのこと。しかも、最近の情報化の中で、入社後に事前説明と違うような状況が会社内にあったり、他社比で厳しい職場環境があったりすると、薬学部の学生や若い薬剤師の間ですぐにそうした情報が共有され、評判の悪い会社では新卒が取れなくなったり、途中退社が多くなったりするとのことである。それが、薬剤師に対して、企業が「優しい」職場作りをせざるをえない背景となっているということになる。確かに、調剤薬局やドラッグストアの業績が伸びている中、各社の業容拡大が続き、薬剤師へのニーズは高まり、薬剤師の獲得競争になっていることは、私のような市場関係者でも傍目にもわかるところである。
もうすぐ終わる薬剤師の売り手市場
そうなると、これからも薬剤師の増長が続くのかと一見思われるが、残念ながらもうすぐ終わることになるであろう。
近い将来に、中小の調剤薬局が過当競争で苦境に陥り、場合によっては倒産という事態さえ起こる可能性があるからだ。中小規模の調剤薬局が破綻しても、上場企業クラスの大手はびくともしないと思われるが、少なくとも薬剤師の意識は引き締まるであろう。そこで、ようやく、薬剤師の卵が、就職時に就職先をより真剣に考えるであろうし、既存の薬剤師が顧客サービス志向に成長していくことになるであろう。そうなると、しっかりと薬剤師を育ててきた会社は優秀な薬剤師を引き付けることで成長し、お金だけで薬剤師を引き付けてきて従業員教育を欠いていた会社は逆に苦しい立場に置かれるであろう。
ちなみに、中小の調剤薬局の多くが苦境に陥るとしたら、それを安価で吸収するという形でのM&Aの余地が大手にとっては大きくなる。その際には、財務体質の良い会社がクローズアップされる可能性がある。
そのような意味で、筆者は、様々な会社に取材した上で、アインファーマシーズのように、実質無借金で薬剤師の育成に真剣に注力している会社には注目している。
大木昌光