外資系証券在籍中に図らずも露呈した驚くべきブラインドテスト
ドイツ証券に在籍していた05年から06年頃に、ある外国人の投資家と話をしていた時の話である。その人は、日本の財閥のことも全く知らないので、「三井」とか「三菱」と言われても、一般の日本人が持つような固定観念を全く持っていなかった。
その人の次のような質問を聞いて、私は結構強い衝撃を受けた。「<三井物産>や<三菱商事>という会社は、こんなに負債を抱えていて、サステイナブルなのか?」
昔、コカコーラとペプシコーラのどちらが美味しいかとか、異なるメーカーのビールを飲んで味の違いがわかるか、などのブラインドテストが流行ったことがあった。正直なところ、筆者は、コーラもビールも味の違いはほとんど見分けられなかった。恐らく、今やっても、大差ないだろう。
然るに、投資家やアナリストは、最初から「xx社」という名前から分析に入るのが普通だ。そこに、「三井」「三菱」「住友」という名前がついていると、何となく最初から「安定感がある」という先入観から分析に入る人が大半ではないか。飲料のパッケージを見た後に、最初から特定ブランドへの相応の期待感をもって飲むのと同じ形だ。
有利子負債の負担は、一定以上に達したら、「比率」ではなく「絶対額」で見るべきではなかろうか?
かつて、国内格付機関からAAA格付まで得ていた東京電力。この会社が、福島第一原発の事故により、一挙に実質的公的管理状態に陥ったことは記憶に新しいであろう。この直接的原因の多くが、福島原発事故や、それに伴う賠償金にあることは間違いない。しかし、私が問題視するのは、この会社が事故前に7兆円以上の負債を抱えていたことだ。それに相当する純利益は、06年や07年の業績好調時でも「たった」3000億円程度しか出ておらず、事故前の08年と09年は赤字だった。どう考えても負債の返済が前提とされていない財務体質になっていながら、「独占企業」という位置づけが、彼らに「高格付」を付与していたのであろう。逆に言えば、東京電力が、仮にネットキャッシュ企業であれば、事故後の当社を巡る事態は、相当程度変わっていたであろう。
本題に入って、総合商社の有利子負債に目を転じてみよう。3月末(会社四季報ベース)で三井物産4.4兆円、三菱商事6.0兆円、住友商事4.2兆円、伊藤忠商事3.0兆円。もちろん、三井物産や三菱商事で言えば、毎年4000~5000億円の利益を叩き出しており、かつ、BSには相応の価値がある資源関連資産やキャッシュが計上されていることから、現段階で特に問題はないであろう。
なお、最近は、企業の有利子負債の負担を、「Debt・Equity・Ratio」で測る人が多い。要は、借入が多くても、それ以上に資本が潤沢にあれば良しとする考えだ。しかし、筆者は、この指標はあまり意味がないと思っている。それは、仮に資本が多くても、その裏づけとなる資産が、のれんなどの無形資産であったり、有形資産であっても古くて換金性のない工場設備とか非上場株式であったりすれば、その資本の価値が見た目より薄くなることからも、感覚的に理解できよう。有利子負債があくまで「返済を前提としている」という原理原則に基づけば、負債の重さは、持っている換金性の高い資産や、将来のキャッシュフローとの対比で見なければいけないのである。
ムーディーズによる住友商事格付けのネガティブウオッチが意味すること
そんな中、ムーディーズが、7月15日に、同社向けA2格付に対しネガティブ・ウオッチを付した。筆者は、これが、最近の総合商社による株式還元大盤振る舞いの流れに水を差す転換点になりうると考えている。
筆者の考えに賛成できないと思う人は、是非、過去10年の住友商事と日本電産の「有利子負債―現金及び現金同等物」の推移を比較してみて欲しい。住友商事は、一貫して3兆円前後の水準を維持している。それに対し、日本電産は、ネット借入が買収などにより一時的に増えても、概ねその翌年には減少するという形で、「借りたお金は返す」というオペレーションを行っている。経営トップの永守社長が、借入の持つ「諸刃の剣」的な怖さを良くご存知だからだと筆者は推測する。
いずれにしろ、今後のレポートで書きたいと思っているが、市場関係者は、「成長のために借入でレバレッジをかけること」ばかりに目を向け、「投資回収期に入ったら借入を返済すること」という、当たり前の企業リスク低減策をないがしろにしているように思う。
筆者が総合商社の経営者なら、現在のように地政学リスクが増している中で、鉄鉱石や原料炭の価格が軟調に推移し、中国経済が不動産市場の不調を背景にした成長減速リスクに晒されている中で、3兆円から6兆円の負債を抱えていたら、毎晩怖くて安眠できそうにない。それなのに、総合商社各社は、リスクを落とすどころか、増配や自社株買いというキャッシュアウト策をとって投資家を喜ばせている。さすが、サラリーマン社長は、やることが違う!しかし、私なら、そんなことは「絶対に」やらない。
大木昌光