ルイヴィトン等の価格戦略はブランドと品質への自信の表れ
ある百貨店で比較的高額な買物をした時のこと。同百貨店系列のカードのポイントが貯まったので、念のため百貨店の方に、「このポイントってこの百貨店内のルイヴィトンで使えますか?」と尋ねたら、「使えないんですよ」と申し訳なさそうに言われた。そのポイントは、同百貨店内のビル内なら概ね他のどの店でも使えるにもかかわらず。
また、最近では、比較的知名度が高いブランド商品でも、特定の期間限定で割引セールをやったり、百貨店全体のポイントアップセールに協賛したりして、実質的値引きが行われることは少なくない。多くの人が、そのタイミングを待って購買しているのではないか。しかし、ルイヴィトンが割引をしたという話は、少なくとも私は聞いたことがない。
最近では、日本メーカーでも、複数のブランドを設け、特定の高価格帯のブランド商品について、販売場所を限定するなどして、そのブランド価値の維持・向上に努める例が見られる。例えば、弊社河村業務管理部長が大好きな腕時計について言うと、シチズンの「カンパノラ」やセイコーの「クレドール」のような高価格帯商品は、家電量販店では買えないことが多い。こうしたディスカウンターの店で扱わないことで、他の商品ラインナップとの差別化を図り、利益率を高める戦略である。それだけでなく、そうした戦略が維持されて価格が値崩れしなければ、そうした商品の購入者の満足度も維持される。そこには、何らかの意味で、企業と購入者の間に「WIN-WIN」の関係が見て取れるのである。
こうした戦略を見ると自明の理だが、ルイヴィトンのように全製品の値崩れを起こさせないという戦略を取れる会社は限られるとしても、どのメーカーもルイヴィトンの例を学び、少なくとも複数あるブランドの一部でも価値を向上させ、それを企業価値向上の一助にしようと努力している。そして、このコンセプトは「良いものは相応の高い価格で売る」ということを実践しているにすぎないが、行うのはそれほど簡単ではない。
運用商品の選択基準として手数料の低さを重視する意見も台頭
然るに、運用業界に関しては、最近、手数料率の低さ、平たく言えば「販売価格の安さ」をファンド選択基準にすべきというような風潮が見られるようになっている。それは、投信の初心者からしたら、定量的なわかりやすい基準に見えるかもしれないし、理論的には、手数料が低い分だけ投資家に回る収益が増えることは否定できず、一見すると正しい意見のように思える。しかし、この考え方は、前述のルイヴィトンのブランド戦略とは180度異なるものである。世の中に多数存在するファンドを、価格を下げないと売れないコモディティのように捉えているという意味で、「考える入口」という根本から誤っているように思われる。
運用者の質は、一流野球選手と二軍選手の格差よりも大きいと思われる。したがって、「手数料率」のみならず「誰が」運用しているかも重視すべきではないのか?
ここで、良く考えてみて欲しい。
全く同種・同量のモノを買う場合に、最も安いモノを買うことは、極めて合理的な考え方だ。例えば、あるメーカーのコーラを買いたいなら、1円でも安い価格で買うことが100%正しいアプローチということになろう。
しかし、少なくとも色々な運用会社が提供するアクティブ投信については、中身が全て異なる。その各々で、運用手法も、運用者の能力も違うのに、なぜファンドの手数料が安ければ安いほどいいなどと言えるのか。その人たちは、例えば「made in Japan」とか「made in ○○」などの複数の類似商品を示されたとき、その出来栄えやデザイン・性能も見ないで、まず値段でスクリーニングして一番安い商品を購入するのか?商店街でいちごショートケーキが色々な店で売られていたら、いちごの質・量やスポンジ、生クリームの使用具合などは無視して、安いものから買っていくのか?
どんなに馬鹿な人でも、例えばいちごショートケーキを選ぶとき、そのケーキを作っている店の評判・ケーキの見てくれ(美味しそうかどうか)といった「価値」と「価格」を総合的に見て判断するはずだ。
そう考えていくと、ファンド選択の基準として、手数料率を参考にすることは当たり前として、そこを過度に重視することは、「価値」を軽視し「価格」を過度に重視した不適切なアプローチではないかと思えるのである。
そして、もう一歩具体的に踏み込んで、投資家の方に自問自答して頂きたいのは、現在保有する投信や購入検討している投信について、それを「どの会社が」運用しているかは当然としても、「誰が」運用しているか、そしてその運用者について「どんな職歴」があり、「どんな運用実績」を有し、どんな「強み・弱み」を有しているのかを、しっかりと把握しているかどうかということだ。繰り返すが、ファンドの優劣は、「会社」の要素で決まる部分よりも、「運用者個人」の質で決まる部分が圧倒的に大きいのである。 野球を例に取ると、日本ハムファイターズの大谷翔平選手が投球と打撃の両面で他の選手より優れていることは、誰の目にも明らかであろう。そして、私は、証券会社でアナリストをしていた当時、日本のみならず世界中の投資家と議論した経験があるが、運用者毎のレベルの違いは、上記の大谷選手と二軍レベルの選手の間の格差よりもむしろ大きいのではないか、という印象を有している。もしそうであれば、投資家の皆様は、ファンドを選択するときは、上記のいちごショートケーキの例の選択基準と同様に、「運用者」の質と「手数料率」を総合的に判断して決めるべきではないかと思われるのである。
運用会社は、価格競争と一線を画す企業を高く評価するはずだ。それなのに、運用会社自身が手数料率引下げ競争に陥っているのはおかしくないのか?
最近は、アクティブファンドでも、世の風潮に流されて、意識的に手数料率を引下げる方向性に動いているような感は拭えない。しかし、そんなことをするくらいなら、もし所属するファンドマネジャーの運用実績や強みなどに自信があるならば、それを前面に押し出して投資家の期待感を正しく醸成して一定以上の手数料水準を維持した方が、よほど戦略的ではあるまいか?弊社の日本株公募投信は、私の名前を付すことによって、販売会社と投資家の双方に、私が運用者であることを明確に示している。そして、運用者の経験や実力を総合的に評価して、手数料率を決めているつもりである。
それにもかかわらず、中途半端な評論家の「手数料率が安いファンドがいい」などという安易な意見になびき、手数料率の値下げの動きを運用会社自らが誘発するのはいかがなものか?
なお、上場企業の決算説明会とか企業取材の席で、運用会社のファンドマネジャーやアナリストが、「御社の粗利率は低下しているがその防止策は何か?」とか「価格競争に巻き込まれないようにするために御社はどんな努力をしているのか?」などと上から目線で質問する場面を目にする。そういう人たちがこれから同様の質問をするときは、自分の所属する運用会社が、商品差別化の努力もしないで価格競争に陥っていないことを確認した上でして欲しいものだ。
大木昌光
大木昌光