法的観点と社会的適切性の観点
この記事を書いている2016 年6 月15 日に、東京都の舛添都知事が辞職願を提出したことが報道された。
本件については、私は報道ベースの事実しか知らないし、私がこの問題を論ずるまでもなく多くの人が相応の情報を持っているので、中身を論ずることはしない。
ただし、この問題で重要なポイントは、調査報告書によると、舛添氏の支出に「違法性はない」一方で、一部の支出は「不適切」と認定されていることだ。つまり、公的立場にある人は、法律違反を侵していなくても、社会通念などに照らして不適切な行為を行うと、辞職せざるをえなくなる場合があるということを、本件は示している。このように、「公的」な存在は、違法性のみならず、社会的適切性を備えておく必要性が強いと思われる。
同様に、株式を上場する会社は、上場を通じて、私的企業ではありながらも、ある意味での「公的存在」になるという解釈に、多くの人が異論はないように思われる。もし、その考えが正しければ、上場に際しては、企業は「適法性」と「適切性」の両要件を満たす必要があるのではないか、というのが、私の個人的感覚である。
コメダホールディングスの上場に関して抱いた「違和感」
その中で、コメダホールディングス(以下、コメダHD)が、6 月29 日の東証一部上場を予定している。私は、あくまで、同社の株式売出届出目論見書と、証券会社のアナリストレポートをざっと見た程度である。そして、珈琲店チェーン展開を行っているという、同社の事業モデルには、何ら違和感を持っていない。
しかし、同社の2 月末現在のバランスシートを見て、驚いた。総資産571 億円のうち、のれんが383 億円と総資産の67%を占める上に、この383 億円ののれんは、自己資本206 億円を大幅に上回っていることだ。
のれんは、企業買収を行うときに、純資産を上回る額で買収すると生じるものであり、それ自体が良いとか悪いといった評価の対象になるものではない。株式市場を見ても、収益性の高い優良企業の株価がPBR1 倍を上回る(つまり会計上の純資産より時価総額の方が高いこと)ことが少なからずあることを見ても、のれんの存在自体には何の問題もないことが窺えるであろう。
しかし、のれんが自己資本を大きく上回ることは、企業の財務分析上、看過し難い事象である。なぜなら、クレジット分析上、企業の解体価値を計算する上で、のれんは差し引いて考えるのが普通だからである。解体価値とは、仮にこの企業が突然倒産したと仮定すると、資産を現金化して負債を返済した上で、株主が受取る残余財産ということになる。その考え方をコメダHD に当てはめると、解体価値はマイナスになる。つまり、上場時点で、一定の前提を置いた上では、解体価値ベースのバランスシートを 当てはめると債務超過ということになる。
さらに不思議なのは、こののれんがなぜ生じたかという点である。これは、ファンドが、コメダHD の母体である「コメダ」社を買収したことが主因で生じたものと考えられる。つまり、こののれんは、現在のコメダHD の事業基盤となっている会社の「コメダ」を買収したときに生じたという点に特徴がある。つまり、自社の中核事業に関して、のれんが生じているという不自然な形になっているのである。
加えて言うと、こののれんは、ファンドが、「コメダ」の事業価値に関し、「コメダ」の純資産より高いと判断した上で株式を購入して生じたものである。そうして発生したのれんが、現在のコメダHD の自己資本より遥かに大きいという点も気になるところだ。せめて、事業利益の蓄積により、自己資本がのれんの額を上回る水準に達した後に上場するのが望ましいようにも思われる。
コメダホールディングスの負債は、もともと誰の負債なのか?
こうして、コメダHD のバランスシートを見ていて、実は最も気になったのが、同社の有する有利子負債270 億円である。そもそも、この借入は、コメダHD の株主であるファンドが「コメダ」を買収するときに調達したものなのか、コメダの中核事業の拡大などに必要な事業資金を借りたのかが、必ずしも明確でないのである。仮に、後者であれば、今回の上場に問題はない。しかし、前者の場合は、問題含みであるように思われる。その理由は以下の通りである。
この場合には、お金を借りたのはファンドであり、「コメダ」の買収にその借りたお金が使われた形になる。しかし、今回の株式公開を通じてファンドの運営者が株式を売り出すと、その有利子負債は、コメダHD の事業利益から返済されることになる。つまり、ファンドが借りた金が、実質的にコメダの中核事業に押し付けられた形になる。もっと言えば、今回の株式公開で、新たにコメダHD の株主となる投資家は、コメダHD の事業とは何の関係もない負債を背負う形になる。これは、やや腑に落ちない点である。この点は、投資に際して確認すべき点であると思われる。
以上、私が述べたことは、あくまで推測であるが、その真相を是非知りたいところである。それと同時に、このような複雑な仕組みに基づいて上場するにもかかわらず、財務分析の知識の乏しい個人向け配分比率が9 割という点も、やや気になるところである。
今回の株式公開が「適法」であることは間違いないであろう。しかし、果たして「適切」か否か、もっと言えば、今回のIPO がファンドによる投資の格好のEXIT(出口)に利用されていないか、といった点について、投資家はコメダHD に投資を行う上で、しっかりと考えてみるべきではなかろうか。
大木昌光