11月12日に発売されたソニーのPlayStation5(以下PS5)の価格は、スタンダードモデルが税引前で49,980円と5万円を切ったが、瞬間蒸発的に売り切れ状態となり、その後も11月30日現在で品薄状態が続いている。これを見るにつけ、この販売価格設定が正しかったのかという疑問を禁じ得なくなる。
このように、ハードウェアを相対的に安い価格で拡販するモデルになっているのは、数十年前のコピー機にあると思われる。コピー機という「ハード」を安く売って、その販売価格では元が取れなくても、その後のインクや紙という「ソフト」を売って回収できればいいという発想だ。アナリストも、この発想の下で、PS5の販売価格を正当と考えている模様だ。しかし、私は、この考え方をPS5に当てはめるのは、必ずしも適切ではないと考えている。
第一に、コピー機は、リコー製でも、ゼロックス製でも、キヤノン製でもどれでも良く、性能にも大きな差はないが、PS5は極端な例で言えば現在のこの瞬間で言えば競合品はない。今、PS5を買っている人は、「PS5そのもの」が欲しいのだ。第二に、コピー機はビジネス用品で、ゲーム機は嗜好品である。コピー機は、その性質からして販売会社の努力がなくても一旦売ってしまえばユーザーが勝手に長く使うからライフタイムバリュー(以下、LTV)が科学的に読みやすい。しかし、ゲーム機は、嗜好品なので、うまく言えばLTVが著しく高くなりうる一方で、飽きてしまったり、他の嗜好品(アウトドアレジャー、映画、SNSなど)の時間占有率が高まればLTVは予想に達しなかったりするリスクがある。
そもそもの問題点として、Appleは、iPhoneを10万円前後かそれ以上の価格で売っている。しかも、販売後にアプリの販売などを通じた収益もしっかりと得ている。つまり、販売後にアプリなどの「ソフト」の収益を得る上に、「ハード」の販売でもしっかりと代金回収を図っている。市場は、なぜこのことを、もっとしっかりと議論しないのか?
以上のことを前提にすると、PS5を、あと5000円とか1万円くらい高く販売する選択肢は本当になかったのか?そのくらい高くしても、需要はほとんど変わらなかったのでないか。あるいは、あと2万円とか3万円高くして、需要が多少減っても、粗利益総額はむしろ現状を上回った可能性はないのか?もっと言えば、ダイナミックプライシングを用いて、最初は3-4万円高く売り、需要が落ちた兆候が見えたらすかさず値を科学的に下げるような柔軟な戦略を打てなかったのか?
最近では、アクティブ投資家は、事業数を絞れとか、株主還元を高めろとか、ESG志向を強めろとか、はっきり言って馬鹿でも言えるような提案を一生懸命行い、それをマスコミも面白がって取り上げている。一方で、プライシングのように、AIを使って科学的に展開できる先端的分野では、インターネットさえ存在しなかった何十年も前の「コピー機」理論から一歩も脱却できていないのに、文句を言う人は少ない。
本当に重要な株主提案は、このような本質的部分で行うべきである。
大木 将充