年が明けると、すぐに恒例の日経ヴェリタス誌のアナリストランキングの投票時期に入り、各証券会社のアナリストが神経質になる日々が続くことになろう。あくまで主観だが、今年のアナリストの活躍の中で最も印象的だったのは、みずほ証券の化学セクター担当の山田幹也アナリストである。理由は、彼が、「脱炭素」の動きを「戦争」になぞらえたことだ。
昨年末から私は、「脱炭素」という「理念」が先行して、「効率」が犠牲にされる経済環境を見て、「資源高」や「中長期インフレ」になる可能性を考えていたし、その考え方を外部にも示していたが、それを伝えるうまい表現が見つからなかった。山田氏の「脱炭素」を「戦争」にたとえる言い回しは、私が伝えたかったことを端的に示す絶妙の表現である上に、「脱炭素」が私の想定以上のインパクトを世界にもたらしうることを考え直す契機になった。私もセルサイドアナリスト出身者として、アナリストが現在でも努力次第で秀逸な考えを世に示すことを実感できて、大変嬉しく感じている。
ところで、以前の大木レポートNo.0130でも書いたが、「脱炭素」が「インフレ」の主要因であれば、中央銀行が金利を引き上げたところで、インフレが収まらない可能性が高いということになる。これに対しては、金利が上昇すれば設備投資や消費が抑えられるので、インフレに何らかの効果が発揮されるという反論もあろう。しかし、今回は、「脱炭素」という「理念」が先行していることが重要だ。
価格がどんなに上がろうが、カーボンニュートラル達成の期限を先に決めているから、脱炭素に関わる投資はやめられない。この辺りが、世界的な「脱炭素」に向けた動きがいかに愚かであるかを示していると思うが、普通であれば世界が一斉に同じ方向で設備投資を行い、しかもその設備投資に何らの増産効果も期待できない(「生産方法」を変えるだけであるから)ということを前提にすれば、モノの価格が上がるのは必然なのに、そのことに頬かむりをして理念だけが先走りしているのだ。
こんなことをしたら「スタグフレーション(景気後退と物価上昇が同時進行すること)」になる、との恐れもあろう。確かに、それに近い状態になる領域も多いであろう。しかし、どんなに価格が高騰しても、特定の商品には一定のニーズが残るということが今回のポイントだ。つまり、「スタグフレーション」下では、金利も物価も上昇するから概ね全てのモノへの需要にブレーキがかかるが、ブレーキがかからない需要が、相応の広い領域で残るのだ。
ここからのインプリケーションは2つ。第一に、やはり、金融政策だけでは、インフレは収まらない。第二に、「脱炭素」を「戦争」と同視できるなら、「戦争って、全員が儲からないんでしたっけ?」ということだ。直近でも、朝鮮戦争でどこかの国は儲かりませんでしたっけ?つまり儲かる人は相応にいるのだ。それが、株式投資へのインプリケーションだと私は思う。
大木 將充