新春特別対談 人生100年時代に向けた資産運用戦略を考える 杉村太蔵×大木將充

第二回人生100年時代の心理的備え

大木私は早稲田大学出身なのですが、創設者の大隈重信氏は、人が125年生きることが可能と考えていて、それにちなんで大隈講堂の時計までの高さが125尺になったという経緯があるそうです。講堂建立は1927年ですが、その当時の日本人の平均寿命は42-43歳だったそうです。その中での「人生125歳説」に対しては、世の中の人も一笑に付すといった感じだったのかもしれません。しかし、今は、平均寿命が男性81歳、女性87歳と大幅に伸びてきたので、人生が125年と言われても「それも可能かな」という見方になっていると思います。少なくとも人生100年は、どの日本人にとっても達成可能になりつつありますよね。

杉村そうです。戦後も、しばらくは定年退職年齢が55歳だった頃も長くありました。その場合に、もし100年生きたら、退職後にそれまでの人生と同じくらいの期間生きるということになっていたわけです。

大木そう考えると、私みたいに根が暗くて銀行や証券会社に勤務経験のある人間は、すぐに老後のお金のことが気になってしまう(笑)。今の貯金で足りるのか、年金は何歳からもらえるのか、といったことを考えると、ハッピーリタイアメントなんて、夢のまた夢という暗い気持ちになります。

杉村現在は、年金支給開始年齢が65歳への引き上げ途上にあり、最終的には、男性は1961年4月2日生まれ以降、女性は1966年4月2日生まれ以降の人は、65歳からの支給になります。それでも、65歳から支給されることが確定しているなら、まだマシかもしれません。問題は、更なる法制度変更で、もっと若い世代の人たちの支給開始年齢が更に後ズレするリスクがあることです。

大木今は、働き方改革の一環として、一億総活躍社会の実現に政府が取り組んでいます。それ自体は、現在が人手不足であることや、もっと働きたいのに働けない人の労働意欲を活かすという観点からは、プラスだと思います。しかし、この流れの一環としての退職年齢の引き上げや、定年退職制度廃止みたいな動きが進んだからといって、年金の支給開始年齢が引き上げられて良いということにはなりません。1億総活躍というのは、働きたい人の自己実現に資するべきではありますが、ある程度働いた人の「老後は働かないで生きたい」という意思や期待を阻害してはいけないと思うのです。

杉村そうですよね。ただ、公債発行残高が1000兆円を超えて国のGDPの二倍を超えると言われる中で、ある程度の財政再建も必要ですから、その一環である「年金財政の健全化」に向けて、年金支給開始年齢の引き上げが議論の俎上に上る可能性は、今後も十分に考えられます。

大木話はそれますが、学校教育で、こうした問題を積極的に取り入れて欲しいと願うのは私だけでしょうか?私が子供の頃は、小中学校で、汗水たらして働くことの尊さをくどいほど教わりましたが、金融ビジネスの話はほとんど聞いたことがありません。私の職業経験は、銀行、証券、ノンバンク、コンサルティングで、学校の先生から高く評価してもらえる業界は一つもない(笑)。昔ながらの典型的な労働像を尊ぶ考えに対して、敢えて反論するつもりはありませんが、汗水たらして製造業や農業で稼いだお金も、老後は何らかの形で運用しないといけませんし、学校の先生の年金自体も資金運用によって賄われているのですから、金融教育はもう少し学校教育に取り入れられてもいいように思います。その入り口として年金問題は、最適のように思います。杉村さん、是非、頑張ってください。

杉村私に期待されても困りますが(苦笑)、頭の片隅に置いておきます。

大木少し話がそれましたが、「人生100年時代」に話を戻しましょう。私は、「人生100年時代」に向けて、個々人が、金融思考を十分に兼ね備えた上で考えるべきリスクは2つに分けられると考えます。第一に「属人的リスク」、第二に「社会・経済リスク」です。「内部リスク」「外部リスク」と呼んでもいいかもしれません。まず、「属人的リスク」としては、「健康問題」があります。

杉村「健康問題」と一口に言っても、範囲は膨大ですよね。例えば「癌」は最近では、オプチーボのような画期的な薬が小野薬品工業(4528)から生まれたりして、徐々に対処が可能になっていますが、いまだに多くの人が恐れている病気です。現に、日本人の二人に一人が癌にかかり、三人に一人が癌で死ぬと言われています。

大木その漠然とした「健康問題」を単純化するために、「長生きすることで不可避的に増大する身体的リスク」というアプローチをしてみましょうか。まだ平均寿命が50歳前後であった戦前の日本を見てみると、死因のトップ3が、結核、胃腸炎、肺炎だった時期が長く続きました。この背景には、当時は、インフルエンザなどの感染症や結核が致命的な病気だったという事情がありました。しかし、戦後、抗生物質の開発や予防接種の浸透、検査の普及などで、こうした病気で死ぬ人は激減しました。その一方で、急増した死因の代表格が癌です。私も詳しいことはわかりませんが、長寿と癌細胞のできやすさには明確な因果関係があるはずです。

杉村つまり、長生きするからこそ生じるリスクがあるということですね。その整理は面白いかもしれません。癌と同様のリスクとして、どのようなことがありますか?

大木ヒントになるのは、体の中で鍛えられる部分とそうでない部分があるという点です。例えば、足や腕の筋肉は高齢者でもある程度は鍛えられます。体の内部についても、飲食の中身や質などに気を付けると、長い年月で見れば効果はあるでしょう。

杉村太蔵さんと大木將充さんの対談の様子

杉村そうした日常の努力やケアの効果があることは、現在の40代以上の方々を見ると一目瞭然だと思います。昔に比べて、若々しいシニア世代が増えているような気がします。

大木そうですね。一方で、体には鍛えようのない部分、鍛えるのが難しい部分があります。例えば、「脳」。脳細胞の老化は、基本的には個々人の努力で抑制することが困難だと思います。だから、認知症やアルツハイマーといった病気の増加は、高齢者社会ならではの社会問題になるのでしょう。また、「眼球」についても日常のケアは意味があるとしても、根本的に鍛えることは難しい。だから、白内障、緑内障、加齢黄斑変性などの患者はこれからも増えていくと思います。こうした、脳や目に関わる症状は、これまで人間が新薬開発などで克服してきた癌や肺炎のような「病気」というよりは、老化に伴う「症状」なので、完治は難しく、進行を遅らせることが基本的な対処方法であるという点に特徴があります。その分、薬の開発は難しいのかもしれません。

杉村逆に言えば、そのような加齢に伴う病気や機能悪化に対し、何とか状況を改善したいというニーズはこれからも加速度的に増えますから、そうしたニーズに対応できる商品・サービスを提供しうる会社の価値は高くなるわけですね。

大木そうだと思います。ですから、例えばエーザイ(4523)のアルツハイマーに対する新薬開発には多大な期待をしたいところです。また、目に特化した製薬会社であるロート製薬(4527)、参天製薬(4536)の今後にも期待したいところです。

杉村目といえば、90年代からPCが普及して多くの人がスクリーンに向かうようになり、2000年代になってスマホが普及して、人が世界的に目を酷使する傾向が強まっていますね。しかも、ゲームも世界的にすごい勢いで浸透していて、世界のゲーマー数は20億人とも30億人とも言われています。その中心世代である、若い世代の人たちの目が大丈夫なのかという心配を少ししています。その辺りはどう思われますか?

大木その通りだと思います。夜、暗い部屋でスマホの電源を入れると、その光がいかに強烈かを認識できると思います。このような強い光を一日数時間も目が浴びたら、それが目にダメージを与えることは容易に想像できます。さらに、最近、フロンガスによるオゾン層破壊問題が騒がれていますが、それによる紫外線量の増加で、現代人はこの点でも目への負荷が大きくなっています。

杉村ということは、ただでさえ長寿化で目の病気が増加傾向にある中で、外部環境が目に与える負荷自体も増加していることになりますね。だとすると、今の若い人がシニア世代になると、今のシニア世代と比べても、目の病気や不調に悩まされる人が増えるかもしれないですね。

大木そうでしょうね。ですから私は、近視でない人も含めて、日本人が外出するときに必ずサングラスを携行する時代が遠からず来るように思います。幼稚園生や小学生が登校するときには、サングラスが必須となるような時代も来るかもしれません。そうすると、ジンズ(3046)やビジョナリーホールディングス(9263)のビジネスも将来は拡大するかもしれませんね。

杉村ところで、高齢化社会の中で、鍛えるなどの努力で対処できる部分も当然のことながらありますよね。身近なことで言えば、散歩やランニングで足を鍛えたりするだけでも、何十年か経てば、人によって健康状態に大きな差がつきますよね。

大木そうですよね。その意味では、私はフィットネスクラブに注目しています。RIZAPグループ(2928)が、結果にコミットした体重減量サービスを提供して注目されましたよね。これまでのフィットネスクラブは、漫然と走ったり筋力トレーニングを行ったりするというイメージがありましたが、RIZAPがそこに「科学的手法」を導入して「減量という結果」にコミットしたことは大きな進歩だったと思います。残念ながら、野放図なM&Aによって今は会社が迷走していますが...。また、例えばランニングマシンにVRやARを駆使した「エンターテイメント」を加えることで、体を鍛えるという基本的には「苦しい時間」を「楽しい時間に」転換することも可能です。そこに、各種クイズなどを導入すれば、勉強しながら体を鍛えるなんていうことも可能で、そうしたら時間の有効活用度合いが2倍に増えます。

杉村ところで、「身体」以外の点で、個人の属人的リスクというのは、どのようなものがありますか?

大木究極的には、寿命が伸びた場合、人はその寿命が伸びた時間を「快適に」「生きる」ことを望むと思います。「快適に」というのは後で考えるとしても、最低限「生きる」ために必要なこととしては、「衣食住」という分け方が適切かなと思っています。ただ、「衣食」は基本的には「消費」の範疇に入るので、これは、今回の一連の対談の最大のテーマである「資産運用」で考えるべきだと思いますので後回しにしましょう。一方で、「住」は、「消費」というより「投資」の側面が強いので、ここで考えてみたいと思います。

杉村「住」の問題については、永遠の議論として、「賃貸」と「購入」のどちらが得かという問題がありますよね。これは、ただでさえ難しい問題ですが、高齢化が進むと、更に色々な論点が加わってくるように思うのですが、いかがですか?

大木古くて新しい問題ですね。ただ、杉村さんご指摘のように、この問題を「(賃貸か購入か)+(高齢化)」という図式で考えると、「高齢化」という要素が加わった分、「購入」の方が得になるのではないかと思っています。と言うのも、家というのは、古くなって機能が劣化しても、少なくとも雨風をよけて住むという基本機能は残るわけです。その中で、個人にとって最大の支出が不動産であることも間違いないわけです。であれば、高齢化社会を生きる中では、不動産に関する負債を若い時期にできるだけ減らして、将来の不動産関連の支出を極力抑えることが、生活防衛にとって非常に大切なことに思えるのです。最近は、マンションも一軒家も、100年住宅というキャッチフレーズも出ているように、機能向上で実質耐用年数が伸びているように思うのです。そうであれば、30-40代で不動産を買って、100歳まで生きるとしても、その不動産に住み続けることは可能です。

杉村太蔵さんと大木將充さんの対談の様子

杉村ただ、賃貸派にとっては、数年に一回引っ越して、築浅の物件に住み続けるというメリットが指摘されます。日本では、住宅ストックが余り気味で、空き家が全国で約1000万戸もあり、その観点からは「借り手優位」の状況が透けてみえてきますので、中長期的に日本の住宅の家賃は下がる傾向が続くのではないでしょうか。そうであれば、賃貸派の言い分にも一理あるように思えます。

大木おっしゃる通りです。ただ、高齢者については、不動産を借りることについて特有の難しさがあります。まず、倫理的に問題はありますが、不動産の大家が高齢者には家を貸したがらないという現実問題があります。また、高齢者は一般的に身体に何らかの不具合を抱えるので、住める家の範囲が狭まる、つまり手すりや車いす用の広くてフラットな廊下など、特定の機能が付加された住宅が求められるという可能性もあります。そう考えると、勤労者にとっては借り手市場の不動産マーケットですが、高齢者にとっては必ずしもそうではないのかもしれません。

杉村ちなみに、今はリノベーションされた古いマンションが若い人に人気ですよね。これについてはどう思いますか?

大木私は、あまりお勧めしません。と言うのも、第一に、現段階で築40-50年のマンションは、旧耐震基準で作られたマンションであり、地震などに対する強度が弱いことが挙げられます。第二に、仮にこうしたマンションを買った30-40代の人が60-70代に差し掛かったら、マンションは築100年に近い状態となりますが、その時にマンションの状態がどうなっているかは、先行事例がないので誰もわからないのです。修繕費が嵩んだり、建て替えを希望する人が出てきて意見がまとまらなかったり、入居者の死亡などで管理費が滞ったりするリスクが否定できなくなります。買うなら、築年数が浅い物件を買う方が望ましいと思います。

杉村ところで、高齢化の中でいかに「快適に」生活するか、という問題も重要ですよね。それに関しては、趣味を持つ、地域コミュニティに加わる、旅行に出かける、生涯何かを学び続ける、といったことが具体例として挙げられます。そう考えていくと、今更ながら感じるのは、冒頭で年金のリスクを議論しましたが…やはり長生きするとお金がかかりますよね。この「快適に」生きる、という部分の実現だけでも、自分の余剰資金で賄えれば、生活に余裕と潤いを持てますよね。

大木その通りです。90年代前半のバブル崩壊から、デフレが続いたので、銀行預金や、極端な話ですがタンス預金でも、資産運用として充分であった時代が続きました。しかし、そのような時代が今後も続くのかはわかりませんし、今後は世界的に様々なリスクが考えられるので、資産運用の選択肢をできるだけ多く持ち、その中から最適と思われる運用方法を選ぶことが必要になると思います。ここまでは、高齢化社会の「属人的リスク」の話をしてきましたが、個々人ではいかんともし難い「外部リスク」である「社会・経済リスク」も考える必要があります。では、ここからは、そうした観点も踏まえて、「資産運用」の本題に入った議論を始めていきたいと思います。

杉村太蔵

杉村 太蔵TAIZO SUGIMURA

1979年8月13日、北海道旭川市出身。
2004年3月筑波大学中退。

派遣社員から外資系証券会社勤務を経て、2005年9月総選挙で最年少当選を果たす。
厚生労働委員会、決算行政監視委員会に所属。
労働問題を専門に、特にニート・フリーター問題など若年者雇用の環境改善に尽力。

メディアでの活動の他、実業家・投資家としても活躍中。
小学館「バカでも資産1億円」を上梓。

 
大木將充

大木 將充MASAMITSU OHKI

ファイブスター投信投資顧問株式会社
取締役運用部長兼チーフ・ポートフォリオ・マネジャー

1989年日本興業銀行、1995年マッキンゼー・アンド・カンパニ 、
1997年より大手外資系証券、投資運用会社でアナリスト、
ファンドマネジャー経験を経て、2014年より現職。