新春特別対談 人生100年時代に向けた資産運用戦略を考える 杉村太蔵×大木將充

第三回資産運用に際しての色々な投資対象について考える

杉村 資産運用を、社会・経済のリスクを予測しながら行うことはすごく重要ですが、そうしたリスクは一般人から見たらあまりにも巨大で、そう簡単には予測できないですよね。まずは、どのような心構えが必要になるのでしょうか?

大木 その意味では、2016年というわずか2年前のことを念頭に置いておくと良いのではないでしょうか。まず年初に原油価格が30ドルを切り、1月末に日銀がマイナス金利を導入。6月にはイギリスのEU離脱が決定(BREXIT)し、11月にはトランプ氏の米国大統領選当選がありました。このどれもが、その数年前から見たら考えられない事態だったように思うのです。それが、1年の間に起った。ということは、今後も、予想を超えた事態が続々と起こりうるという、漠然とした懸念を持っておく必要があるのでしょうね。

杉村 しかし、仮にそうした認識を強く持っていたとして、それを今後の資産運用や資産防衛にどのようにつなげていくべきなのでしょうか?

大木 資産運用については、広い意味で言えば、現在の資産を最大化することと、リスクが生じたときに資産の損失を最小化することの、二つを考えることだと思います。そして、将来の予測がつかない、しかも、予想を超越した事態が頻発する...こうした中で考えるべきことは、資産の枯渇を最小限にするということではないでしょうか。そこでは、資産運用の最も基本的な考え方、つまり「分散投資」が最重要のキーワードになると思います。

杉村 「分散投資」は、資産運用の基本中の基本だと思います。しかし、多くの人は、分散するほどの資産を有していなかったり、住宅ローンを抱えていて分散投資を行う余裕がなかったりして、なかなか実践につなげることが難しいようにも思うのですが...。

大木 まずは、運用するに足るだけの資金を作ることが重要であることはいうまでもありません。ちなみに、多くの日本人は、住宅ローンを抱えて不動産を購入しますが、そのような方々の財務状況をバランスシートで考えてみると、保有資産の100%近くが不動産になっているはずです。私は、不動産を購入したり、住宅ローンを借りたりすることが悪いとは思っていません。ただし、住宅ローンの返済が完了するまでは、その人の主な資産は自宅しかないという、ポートフォリオ理論からしたら最悪の状況にあることも認識しておいた方がいいと思います。そのためにも、不動産を買うときは、下がりにくい場所を買うことに全力を挙げ、一日でも早く返済するほうが良いということになります。 一方、比較的多くの資産を有している方々の中でも、銀行預金に大半のお金を預けているだけの人も多く、これでいいのかと悩んでいるケースも少なくないでしょう。ただ、私は、敢えていきなり様々な投資手段に目を向けず、まず「預金」という運用手段の積極的意義を再認識することを、本格的資産運用の出発点としても良いと思っています。

杉村 しかし、今の銀行預金金利はほぼゼロに近く、どんなに長期間預けても、ほとんど増えません。そこに、どのような積極的意義を見出せるのでしょうか?

大木 10年以上前に、私が銀行アナリストをしているときに、ある大銀行の頭取と話をしていて印象的だった言葉があります。それは「預金というのは、どんな経済環境に陥っても、必ず元本が保証されて戻ってくる。最高の金融商品かもしれない」というものです。考えてみると、私たちは、コインロッカーに小物を一日預けるだけで300-500円くらいの手数料を払っています。それなのに、何億円とか何十億円というお金を、何年も銀行に預かってもらっても、我々は1円も手数料を払っていません。しかも、銀行が破綻しても、預金保険で元本1000万円までは戻ってくる。「金利の低さ」以外の点に注目すると、至れり尽くせりの金融商品かもしれません。

杉村 つまり、私たちは、銀行預金を「銀行への貸出」として見る傾向が強いので、その考え方の下では、預金金利の低さに目が留まり不満を抱くわけですが、預金を「銀行にお金を預かってもらっている」と別の見方をすると、手数料が法外に安いとも言えるわけですね。

大木 その通りです。したがって、私は、この低金利の中では、まずは元本が減らない運用手段である預金も一つの運用手段であることをしっかりと認識した上で、じっくり運用戦略を練るのも一考だと思うのです。

杉村 しかし、銀行預金だけ行っていても、資産は増加しません。「分散投資」という概念から見ても、色々な運用手段を持っているべきではないでしょうか?

大木 その通りです。ただ、私のようなファンドマネジャーでも、運用現場にいて、運用環境が急激に悪化した場合には、保有株を売って「キャッシュ」に逃げることがあります。今のような低金利下においては、「キャッシュ」と「預金」は概ね同じものと見て良いと思いますが、私自身も昨年12月の株価急落局面で、保有株を売ってキャッシュを20-30%程度持った局面がありました。3500以上ある日本の個別株を捨てて、現金にお客様のお金の一部を逃がしたわけです。ここからも、「現金」や「預金」の「減らない」という特徴は極めて重要な機能であることがわかります。90年代に入って、日本経済は20年以上のデフレの時代に突入しましたが、デフレの時は物価が下がりますので、「預金」の「元本が減らない」という機能が、実質的に積極的資産運用と同等以上の威力を有していたわけです。この期間は、株式運用を積極化していた人よりも、銀行預金に置いていた方が、実質的リターンが高かった可能性も十分にあるわけです。
ただ、預金は一般論として「増えにくい」という大きな欠点を持ちます。この欠点は、物価が上昇するとき、つまり「インフレ」の時には致命的になります。

杉村太蔵さんと大木將充さんの対談の様子

杉村 そうですよね。今の日本を見ていると、日本全体として物価上昇傾向が強まらず、日銀も2%の物価目標を達成できないと嘆いていますが、実態は、そこかしこで値上げが見られる。食品、配送費、外食など、値上げの対象品目は、枚挙に暇がありません。日本人の生活実感としては、経済統計が示す以上にインフレが進んでいる実感が強いのではないかと思いますが、いかがですか?

大木 私もそのように思っています。そして、統計上はインフレ基調が高まっていないことは重々認識していますが、私も日本の物価は上昇しているという実感を強く持っています。つまり、「統計」と「自分の感覚」との間にズレがあることになりますが、そのような場合は、私は「自分の感覚」を信じるようにしています。
ですから、これまで「預金」の効用を説明してきましたが、それは、あくまで運用の一手段として有効の場合もあり、特に、90年代前半からアベノミクスが始まるまでの20年間は効果的な運用手法だったと述べているだけです。今後は、インフレになる可能性が十分にあることを考えると、「預金」以外の手段で、しっかりと運用する必要性が高くなると思っています。ですから、職業としても「日本株のファンドマネジャー」をしているわけで、「現預金」を持っていればいいと心から思っていたら、とっくにこの仕事をやめています(笑)。

杉村 そうであれば、インフレの可能性を考慮すると、今後は、資産運用においてどのようなアプローチが適切なのでしょうか?候補としては、預貯金、日本株、外国株、国債、社債、ゴールド、その他貴金属、不動産、骨董品、美術品など、色々ありますよね。

大木 あくまで、私個人の意見ですが、運用に際して最も重要なことは、売りたいときに売れる、換金したいときに換金できる、という「流動性の高さ」だと思います。その点では、預貯金、株式、国債、ゴールドその他の貴金属、が主な運用商品ということになろうかと思います。
その次に来るのが、「インフレに対する抵抗力」です。ちなみに、繰り返しになりますが、デフレが何十年も続くという確信を持たれている方は、そんなことは考えずに、現預金やたんす預金をしていれば十分です(笑)。私はそう思わないので、「インフレ抵抗力」を重視します。
「インフレ」というのは、端的に言うと、リンゴが100円から200円に上がる世界です。そのような世界で、年間10%程度の金利をもらっても焼け石に水。ですから、預貯金と債券は、物価が大きく上昇する局面では運用対象として力不足です。貴金属は、金利を産まない点でネガティブですが、産業用の用途と、価値神話が残れば、ある程度はインフレについていくことも可能かもしれません。ですが、私は、価値神話の部分に自信を持てません。よく、政治が不安定な世界でも、ゴールドの価値は世界共通だという価値神話の下で、それを持って安全な場所に逃げることが人類史でよく行われてきた、という話を耳にします。しかし、よくよく考えると、ゴールドの何が根源的な価値なのかは必ずしも明らかではありません。「希少性」がゴールドの価値の源泉として指摘されますが、ゴールドはその交換価値を除けば、衣食住の役目は果たせず、生活の役には立たない。生活の役に立たないものについて「希少」だと言われても、だから何だという感じです。

杉村 ただ、ゴールドを始めとする貴金属は、多くの国で宝飾品として愛用されているのも事実です。世界的に価値が概ね一定で、交換も比較的容易で、過去を見ると価格も相応に安定しています。その意味では、運用商品の選択肢には入るようには思います。

大木 そうですね。私も、分散投資の観点から、ゴールドをある程度持つことに、違和感はありません。

杉村 絵画や骨董はいかがですか?

大木 有名な美術品や芸術品でない限り、資産としての「流動性」が低いので、あまり多額に持つことが適切かどうかはわかりません。しかし、絵画や骨董品は、自分が気に入っているのなら、毎日それを見て楽しめます。価値が上がるかどうかは二の次にして、何十年後かに大化けしたらラッキーだ、というくらいの気持ちで、持っていたらいいと思います。認識が間違っていたら恐縮ですが、日本人は、芸術を軽視しすぎているように思うのです。5000万円の不動産は買っても、10万円の絵は買おうとしない。不動産の購入予算を4900万円に減らして、残りの100万円で絵や骨董品を買う、といったことが望ましいように思います。

杉村 そうですね。それくらいの精神的余裕が必要ですよね。伊藤若冲の素晴らしい絵が、真っ先に外国人に評価された、なんて話を聞くと、日本人として残念な気持ちになります。

大木 とはいえ、「流動性」と「価値の安定」という観点からは、美術品や骨董品は、副次的運用対象の域は出ないように思います。「流動性」と「インフレ」という条件で運用対象を絞り込むと、上場株式がもっともクローズアップされるように思います。先ほどの例で、仮にリンゴの値段が100円から200円に上がり、その他の条件を一定とすると、それを売っている八百屋さんの売上も利益も2倍になる。その利益に対し、一定のPERで株価がつくとしたら、株価も2倍になる。このように、物価が2倍になると、上場株式の株価も2倍になり、実質的価値が保たれる。これが、株式のインフレヘッジ効果、つまりインフレリスクに対抗する効果を、おおまかに示しています。
ただし、金利水準には気をつけないといけません。金利上昇は、企業の資金調達コストを引き上げ、損益を悪化させる可能性があります。また、細かい説明は省きますが、金利上昇で「株主資本コスト」が上昇するので、PERが下がり、その結果として株価が十分に上がらないケースもありえます。それでも、株については、インフレに追いつく効果は十分に期待できます。

杉村 いずれにしろ、インフレの時に株が運用商品として魅力的であることは、色々な形で説明がつきますね。ただ、日本だけ見ても上場株式は3600種類ありますし、金融知識に乏しい人がいきなり個別銘柄を買うのは危ないような気がしますね。何に気を付けたらいいですか?

大木 個別株は、概ね、リスク・リターンの高低で分類できます。安定度が高く高配当のような銘柄は、株価上昇力は限定的な一方で、リスクが低い場合が多く、初心者にお薦めです。ローリスク・ローリターンの典型です。例えば、NTT(9432)、JT(2914)、三菱商事(8058)のような誰もが知っている会社が代表例です。逆に、急成長の可能性がある企業、例えば最近で言えばAI関連の会社やバイオ関連企業などが代表的ですが、そうした株は、株価か何十倍にもなる可能性がある一方で、何十分の1に低下する可能性もある。いわゆるハイリスク・ハイリターンの株です。 最初は、ローリスク・ローリターンの株から始めて、徐々にリスクを上げていくというやり方が好ましいように思います。

杉村太蔵さんと大木將充さんの対談の様子

杉村 ちなみに、大木さんが最初に買った株は何ですか?

大木 ソフトバンクです。90年代半ばでした。

杉村 いきなり大きなリスクを取りましたね!

大木 私は、銀行に勤めていて、企業審査の素養があったので、徐々にリスクを上げるというアプローチを取らず、いきなり応用問題的な銘柄にチャレンジしました。その辺りの経緯や、投資リターンについては、また別の機会にでも…。しかし、このようなやり方は、金融知識に自信がない人にはお勧めしません。

杉村 働かれていた銀行は日本興業銀行(現:みずほフィナンシャルグループ)ですよね。持株会で興銀株を買ったのが最初の株式投資ではないのですか?

大木 私は異端者で、興銀持株会には入っていませんでした。理由は2つあります。第一に、長期信用銀行の意義が薄れていた割には株価が高かった。第二に、これは今でも多くの人に妥当する考えだと思いますので声を大にして申し上げますが、勤めている企業である興銀の株を買うということは、自分の収入と資産の大半が興銀経由ということになります。つまり、一つの会社に対するリスクを取りすぎだと思ったのですよね。持株会を活用している人には、人生の中で是非一度でいいから、このことの適否を考えて頂きたいと思います。 私の場合、結果的には、この考え方はズバリ的中しました。持株会をやっていた私の世代の行員は、全て含み損を抱えたはずです。

杉村 でも、自分が働いている会社の株を持つと、励みになりますよね。何とか株価を上げたいと必死になるでしょうし。

大木 そうですよね。ですから、伸び盛りの会社に勤めている方は、積極的に持株会を活用すべきでしょうね。逆に言えば、株を持ちたいと思わないような会社には、入社しない方がいいように思います。あるいは、自分の会社の株を持ちたいと思わない人たちが揃っている会社、社員が一生懸命に自社以外の株式投資先を考えているような会社には、行かない方がいいです。
更に申し上げると、上場会社に勤めるより、将来有望な非上場会社に勤めて、その株を非上場の間に買い増す方が、潜在リターンは圧倒的に高くなると思います。上場したら、株価は非上場の時の何倍にもなる可能性がありますからね。なお、非上場株は、「流動性」という観点からは、すぐに売れないというリスクがあることには注意が必要です。

杉村 そう考えていくと、株式投資は、潜在リターンも大きくて極めえ魅力的な投資対象ですが、昨年12月の世界的株価急落から窺えるような資産減少につながる怖さも否定できません。そのような人たちは、どういう方法を取ることが適切ですか?

大木 その一つの答えが「投資信託」です。プロのファンドマネジャーが、毎日の大半の時間を使って企業分析や銘柄選択を行っているわけです。したがって、投資信託は、個人投資家の方にとって、投信が自分のお金を自分の代わりに運用してくれるという意味で「運用のアウトソーシング」とも考えられるわけです。

杉村 確かにそうですよね、ではここからは、一般論としての投資信託の選び方や、大木さんが運用する「MASAMITSU日本株戦略ファンド」などについて、日々どのような運用を行っているかについて、是非お聞かせください。

杉村太蔵

杉村 太蔵TAIZO SUGIMURA

1979年8月13日、北海道旭川市出身。
2004年3月筑波大学中退。

派遣社員から外資系証券会社勤務を経て、2005年9月総選挙で最年少当選を果たす。
厚生労働委員会、決算行政監視委員会に所属。
労働問題を専門に、特にニート・フリーター問題など若年者雇用の環境改善に尽力。

メディアでの活動の他、実業家・投資家としても活躍中。
小学館「バカでも資産1億円」を上梓。

 
大木將充

大木 將充MASAMITSU OHKI

ファイブスター投信投資顧問株式会社
取締役運用部長兼チーフ・ポートフォリオ・マネジャー

1989年日本興業銀行、1995年マッキンゼー・アンド・カンパニ 、
1997年より大手外資系証券、投資運用会社でアナリスト、
ファンドマネジャー経験を経て、2014年より現職。